〇プロローグ。
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わたしは夢を見た。
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ここはどこだろう。古い街並みが広がる。古代の都市のようだ。屋根に玉ねぎがある建物が目立つ。モスクワを紹介する動画で見たことがある。神殿なのだろうか。
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ゴソゴソと音がした。振り返ると浅黒い顔をした少年が立っている。目が合った。微笑みかけてくる。小学生低学年そんなところか。
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石でつくられた建物が周囲に見える。目の前の建物は商店で一階がコンビニのようになっている。アラビア語みたいな文字が何か窓に書いてある。
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建物からスカーフを巻いた中年の女性が出てきて少年を追いかける。少年の母のようだ。
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少年は奥にある樹木が茂る公園に向かって歩いている。どうしようか。とにかく二人の後についていくことに決めた。
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酷く喉が渇く、空気が乾燥しているのだ。夢の中でも喉が渇くのかと笑いそうになる。
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歩くと足が痛む。素足なのだ。道は舗装されていない。なぜ夢なのに足が痛むのだと今度はイライラしてきた。今は何時なのだろう。
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腕時計を見る。チープカシオと呼ばれる安物の時計だ。黒いゴムで作られたデジタル式。作業する時には便利なのだ。
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身体を見る。ねずみ色のスウェットだった。部屋着のままなのか。
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公園の入り口についた。白い草が茂っている。ハーブだろう。どこかで見たことがある。やはり日本ではないのだ。
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この公園のつくりは何かに似ている。そうだ昔ガーデニングが流行になったときにイギリスの庭園の映像が流れていたがそれとそっくりなのだ。
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脳はどうにかして既知の映像を重ね合わせることで目の前の不可知の現実を理解しているのだ。そう気づいた。
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公園の奥で何やら叫び声が聞こえてくる。
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人影が見える。何人いるのだろう。9人いや10人か。中年から初老の男性と女性が2人。
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あの種の集団はよくドヤ街などで見かけるタイプだ。どうせ酒でも飲んで薬でもやってるんだ。まだわけのわからない言葉を叫んでいる。
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そういえば日本人が中東で拉致をされて身代金を要求される事件が頻発している。身代金を拒めば人質の日本人は殺害された。ジャーナリストがターゲットになることが多く公開処刑の映像はインターネットで拡散した。ああいう死に方は御免だ。
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関わってはいけない。逃げなくては。本能がそういっている。
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うわっ、やばい。長髪で小汚い服装の老人がわたしに迫ってくる。見つかってしまった。
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振り返り走ろうとする。ダメだ。走れない。足がひどく痛む。
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そういえば裸足で歩くなんて幼稚園いらいだった。園の方針で健康にいいからという理由で校庭では裸足で遊んでいた。砂利や石などもあるのだがみんなキャッキャと楽しそうだった。
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しまった、奴らが近づいてくる。追いつかれる。
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思考を止めてはいけない。どうすればいいのか考え続けるんだ。くそっ、薬をやっているのはわたしの方だろうか頭にモヤモヤと雲がかかり考えられない。
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追いつかれてしまった。2,3人取り囲まれた。どうすればいいんだ。
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ふっと、アメリカにホームステイをした日本人の少年の話を思いだした。ハロウィーンで子どもが仮装をして街を練り歩く。「トリック・オア・トリート」と声を掛け大人はお菓子をくれる。お菓子くれないといたずらしちゃうぞという意味らしい。ある家に通りかかる。玄関に尋ねると銃を持った男が出てきた。「フリーズ」止まれと警告している。少年はジョークだと思いニコニコと男に近づいた。その瞬間に男は少年を撃った。即死だったらしい。
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恐らくそんなレベルの出来事なんだ。対応を間違えれば殺されるんだ。ここは日本ではない。
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気付くとホームレスは集団になっていた。何やらぶつぶつ話をしている。英語や中国ではないことはわかる。アラビア語なのだろうか。わからない。
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自分だけわからない言語のなかに一人でいるのは酷く不安になる。吐きそうになってきた。
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一体こいつらは何なんだ。浅黒い皮膚をしている。だがインド人やアフリカ人ではない。おそらく中東なのだろう。
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30代だろうか一人の男がわたしに何か声をかえてきた。目の力が強い。思わず目を背けた。
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どうせ金をよこせとか言っているのだ。金をわたせばいいのだろうか。そもそもわたしは金があるのだろうか。ポケットを探そうと思ったがやめた。武器でも探していると思われるだろう。
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もうだめだ。諦めてひざまずいた。頭がガクッと垂れた。
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男はわたしの頭に手を置いた。何やらぶつぶつと唱えている。緊張でまた吐きそうになってきた。吐いたら殴られるだろう。胃液を飲み込む。
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また頭が真っ白になっている。何も考えられない。いつになったら終わるんだ。永遠に続きそうだ。
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取り囲んでいる男たちが突然に奇声をあげた。間を詰めてきた。やばい、ゲイなのか。
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わたしの頭に手を置いた男が公園の奥に戻っていく。わたしも連れていかれる。辺りは暗い。日没なのだろうか。出荷される家畜のような絶望的な気分になる。
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東洋人は若く見られるというからな。
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トルコで日本人の女の子がナンパでもされたのだろうか殴ったり抵抗した。そうしたら喧嘩になってしまい刺し殺されレイプされてしまった。もちろん悪いのはトルコ人なのだが金品を渡したり暴力を使い抵抗しなければ生存することはできただろう。
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わたしはうな垂れて歩く。逃げられないのだ。観念してしまった。
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カッポカッポと馬が歩く音が聞こえてきた。頭を上げるとあの例の男がロバに乗って公園から出てきた。吹き出しそうになった。なんでテロリストがロバに乗ってるんだよとツッコミたいぐらいだ。いま吹き出して笑えば間違いなく殺されるだろう。わたしは必死にこらえた。
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ロバはあの玉ねぎの屋根をした建物に向かって進んでいく。ここが丘になっていることに初めて気付いた。急な坂を下っていかなければならない。
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逃げ出せるのかと周囲に目をやるが後ろに初老の男が立っており進めと促される。
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くっそ、暑い。痛い。日が昇ってきた。やはり日の出前だったのか。なんで夢なのにこんなリアルなんだ。くそっ。悪態ばかり口にでる。
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路上ですれ違う人々が完成を上げている。例の男は手を振っている。歌手か何かなのだろうか。
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完成は玉ねぎに近づく度に増していく。群衆のボルテージが上がるのがわかる。
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あの玉ねぎが城壁に囲まれているのがわかる。刑務所の囲いのようだ。城壁をそって歩いていくと市場が延々と広がっている。
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これなら逃げられそうだ。見渡すと群衆が邪魔で身動きがとれない。このホームレスどもの仲間だと思われているのだ。